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Saturday, January 11, 2014

From Heike Monogatari

(From Heike Monogatari)

When did my heart learn such ways,
of late I think so longingly of
palace companions I once knew

The past, too, has vanished like a dream
My days by this brushwood door 
cannot be long in number

Kureimon-in was bathed in tears, 
overwhelmed by memories of the past and thoughts of the future



Pretty much sums up how I've been feeling these days... 

Sunday, February 20, 2011

村上春樹の『海辺のカフカ』の印象と『海辺のカフカ』の『ノルウェイの森』の共通点

My paper for Japanese 435. Agggh. So before I turn in the final paper 2 weeks from now, I definitely want time to clean it up and put some quotationssss in it. That's sort of something I haven't had time to think about at alll this term.



Kafka on the shore by ~fdrawer on deviantART

村上春樹の『海辺のカフカ』の印象と『海辺のカフカ』の『ノルウェイの森』の共通点

この本稿の内容

 最初に村上春樹に接した時は高校2年生の時にあったのだろう。ザ・ニューヨーカー (The New Yorker)と言うアメリカでの文学や政治的な記事のある雑誌で書評を読んでから本屋さんに行って、英語のバージョンを買って読めた。実は、初めて日本人作家の作品を読んだことだった。海辺のカフカを一度読んで、今年大学4年生の頃までに読んでいなかったのだ。初めて読んだ時に頭に浮かんだことは本の読の起こった夢にいる気持ちだった。さらに、もう一度作品を読めて、批判家の述べる「もう一度ゆっくり読まなければ」という助言と賛成だ。「海辺のカフカ」を読んでから、村上の作品に興味を持つようになって、いくつかの彼のフィックション原作を読んだ。また、今学期の授業では人気のある、映画化にした『ノルウェーの森』にも接した。それで、本稿で簡単に「海辺のカフカ」のあらすじや話しの背景を説明して、書評と村上のインタビューに言ったことを紹介しようと思っていう。本稿では、『海辺のカフカ』と『ノルウェーの森』に出る主題の比較もできるのではないかと思う。

『海辺のカフカ』とは

 「海辺のカフカ」は最近(2002)の長編である。英語に翻訳したのは2005年にリリースされた。アメリカでは1冊で読めるが、日本語のバージョンではこれは2冊になる。また、日本語でのバージョンは英語のバージョンにはないシーンがある。長編の夢みたいな雰囲気をさせれること村上の選んだ三人称と一人称であると思う。主人公は主に2人いる。主人公一人は田村カフカとの出家した15歳の男である。彼からの話はいつも一人称から伝えられる。田村カフカの話はギリシャの神話演劇『オエディプス』を沿っている。しかし、私のアメリカ人見地から、村上の小説は西洋文学の影響が強くても、作品がバッタ-臭いといっても、まだ日本的な本質が強いと思う。両方の原作(『海辺のカフカ』と『ノルウェーの森』)の環境が日本である。田村カフカは東京から高松にある私立の図書館まで行く。オエディプスの神話(お父さんを殺して、お母さんと結婚するの予言)の古代からの神話のモチーフが強いのが、村上のSFみたいな現実的なことは入っていても、現実とかつてのオエディプスの悲劇と違っている。『海辺のカフカ』の田村が長編のオエディプスになるのが、またお姉さんのことは予言に入るようになって、ナカタという主人公が主になる。そのナカタも予言の実行されることで大きな役割を果たすということだ。

 極端の好きな村上か、「海辺のカフカ」に、ナカタ・サトルの話を長編に入れた。田村と逆に、ナカタは頭が弱いのおじいさんである。頭の弱さの理由は、第二次世界大戦の時、小学生だったころ、森の中のきのこ狩りに行って、変なハプニングがあった。その時、ナカタと小学生たち、皆、目をさめていたが、催眠[1]となった。そのハプニングが都会から離れた町で行われたので、戦争と関係があったと行った。だが、クラスメート皆の間に、ナカタは唯一に、催眠の後で、頭が弱くなって、その時までの人生のことを全部忘れた。家族のことと自分で生きれるようになったが、読み方や複雑なコンセプトを理解できなくなってしまった。村上はナカタの話は三人称から与える。粗筋や話のハプニングを明かしたくないのが、長編ではカフカとナカタの関係が強くて、複雑になる。

『海辺のカフカ』と『ノルウェーの森』の共通点

 簡単だけ読めば、深く考えずに『海辺のカフカ』 と『ノルウェーの森』は違いたくさんあるようだ。それで、作家を分からなかったら、おそらく2冊は違う作家があるみたいのではないかと思う。『ノルウェイーの森』を読んだら、非常に現実的で、30歳男の人の大学の頃の恋や人生、生きがいについてのことを体験するのが小説の話題になる。逆に、『海辺のカフカ』は若い15歳の男の子の話である。また、小説ではなくて、村上が『アンダグラウンド』の仕事を終えてから、そのSFと彼の中で話が多くて、『海辺のカフカ』が長編になった。しかし、この違いを別として、この本稿ではいくつかの共通点を教えたいと思っています。その共通点を二つの種類に分ける。一つのは村上の文学的、書いたのスタイルである。次に、主題的な共通点を教えたいと思う。

 文学的やスタイル的には、両方のタイトルが大切で、曲の名である。『ノルウェイーの森』のタイトルはビートルズの歌で、『海辺のカフカ』は人物佐伯さんの作った曲の名であった。だが、二つのタイトルは歌の名だけではなく、深く本のモチーフや主題を読者に見せると思う。『ノルウェイーの森』では、3人主人公(トオル、直子、緑)もうどうか、森に迷っていたみたいに生きていたと感じた。それは、トオルの大学生の頃の思い出に揺り動かしたことであるのではないかと思う。その過程で、前に感じた気持ちに迷ったとの読者には印象的で残っている。『海辺のカフカ』の曲はわずかに違う。どうしてかというと、『海辺のカフカ』の曲は話の人物の歌った歌であった。その場合の比喩を理解できるのが難しい。カフカはどういう海辺にいる?海岸や海はどういう比喩になるの分からないが、研究や文学的な論議のため興味深いと思う。他の書き方の共通点は村上の上手にできる一人称や手紙を利用することだ。 一人称で書いたら、キャラクタの気持ちを強く感じれて、それは一つの夢見るの気持ちを起こす理由のではないか。書き方から物語に出る主題を話変えしようと思っている。

 両方の作品で多様な主題が出てくるのが、本稿では共通だけのを紹介する。一つのは学生運動。村上さんは早稲田大学にいた頃このような運動に接したのは原因となるだろうか。その上、『ノルウェーの森』にも、『海辺のカフカ』にも、学生運動(1970年代の)消極的な印象を持っているようだ。海辺のカフカでは、田村の住んだ図書館の佐伯さんの彼氏が東京で勉強しに行って、運動している学生に意味のない殺されたことがあった。それは学生運動の非常に消極的なイメージを見せる。『ノルウェイーの森』でも印象が悪い。トオルは静かな人で、運動に参加した人の与えたかったことを理解できたが、彼はその学生の実際に生きれなかったことも分かって、その運動のための動力は無駄遣いなぁと思うようになってしまった。例えば、運動の危険性を見て大学が運動の禁止させた時、運動に参加した学生は静かに日常生活に戻った。

 これは単に一つの共通の主題である。他には人物の極端もよく村上の本に入っています。他には『海辺のカフカ』と『ノルウェイーの森』が文化的な技巧を使ったり、多彩の主題も入ったりしますから、『海辺のカフカ』の長編と『ノルウェイーの森』の小説の話を発展させたら、詳しく主題のことを調べたいと思っている。それは、本の日本語のバージョンの少なくだけ読んだから、具体的に、日本語での本に入っている言葉を使って、シーンを説明したいと思っている。また、その他の主題も紹介したほうがいいと思う。責任や現代社会に起こっている問題の村上のテキストに多数入っているから、理論のためにマティリアルが多いのではないかと思う。

引用文献:

村上春樹『ノルウェイーの森』 (1987) 講談社

村上春樹『海辺のカフカ』 (2002) 講談社

インタビュー、村上春樹、 『海辺のカフカについて』http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/353414.html

最近読んだ本『海辺のカフカ』とその書評について 〔数筆者〕

http://www.eonet.ne.jp/~audio-interior/book_kafka.htm#news

村上春樹の海辺のカフカ:単語リスト

神話:しんわ:Myth

ギリシャ:Greece

一人称:いちにんしょう:1st Person

三人称:さんにんしょう:3rd Person

悲劇:ひげき:Tragedy

比喩:ひゆ:Metaphor

偽善者:ぎぜんしゃ:Hypocrite

消極的:しょうきょくてき:Negative

技巧:ぎこう:Device



[1] 催眠:さいみん:TranceHypnotic state

Thursday, January 27, 2011

My Year of Meats

My Year of Meats, Ruth L. Ozeki

I'm a big fan of real food and anywhere the sick system is called out for it's dirty deeds. Thus, I quite enjoy muckraking exposes like Fast Food Nation. For me it doesn't really stop at food, but the general lack of concern for safety in consumer goods and new technologies.

Regardless, I wrote a paper about this in Japanese this year and how cool is this that a Japanese-american (in NY? Okay.... ) is writing books like this. I saw it at the Marche cafe today and when this intense term is over and I have time to myself, i would love to read through it and her other stuff.

Until then, at least I get to enjoy reading Haruki Murakami's Norwegian Wood for the first time.

Acupuncture was a success today. You don't know how wound up you are until suddenly you're un-wound. Although I guess I'm more sensitive than most... but I'm working hard on that.

Peace out and see you soon.